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上級者向け
上峰町一周コース

町内をめいっぱい使用したコースを作成しました。距離が長いため、北部・中部・南部に分けるなど、何日間かに分けてのチャレンジをおすすめします。道中の田園風景も見どころです。歩きながら四季折々の風景を撮影してはいかがでしょうか。
※北部をチャレンジされる場合は東部緩衝緑地にある第2調整池横駐車場をご利用ください。
地域 | 上峰町(東部エリア) |
---|---|
距離 | 約10.8km |
所要時間 | 約563分 |
コースマップ
コース紹介
START
上峰町役場
上峰町は、佐賀県の東部のほぼ中心部、三養基郡に位置し、おおむね北部が丘陵および台地、南部が沖積平野で、居住可能地の標高差約50mの北高南低の地形です。南北最長12.5km、東西最狭1kmの帯状の町でその姿は剣が天に向かっているようです。このコースでは、上峰町役場をスタート・ゴールとして町内をくまなく回ります。

20分
STEP_01
江迎城跡
(江迎ウォーターランド)
(江迎ウォーターランド)
江迎から八枚にかけてのクリークは、中世の環濠集落の跡で、江迎城とこれを中心に発達した一ノ橋の集落跡です。圃場整備以前には、豪割で区画された「島屋敷」が残っていました。現在は、江迎の中ノ島を中心とする一部に昔の姿をとどめています。

12分
STEP_02
上峰町中央公園
18,000平方メートルの多目的グラウンドをはじめ、ちびっこ広場、シルバーパークを併設しており、健康づくりと融和の場として子どもからお年寄りまで楽しめる施設です。

16分
STEP_03
瑞応寺跡
ここは、かつて瑞応寺という寺があり、老松神社を創建した菊池一族の墓であった説や、浮立をこの地に伝えた師匠の墓があった説などが伝えられています。一説には「妙法寺跡」とも言われていますが、米多浮立の「打ち出し・打ち込み」の奉納場所となっています。米多浮立についてはSTEP5の紹介をご覧ください。

11分
STEP_04
浮立お旅所(旧若宮神社)
下米多地区の若宮神社は老松神社の下宮、祭神は仁徳天皇。明治42年に老松神社に合祀されましたが、その後もお下りしたお神輿の「お旅所」として米多浮立の奉納場所となっています。老朽化した旧若宮神社の拝殿が、平成27年に新たに「お旅所」として立て替えられ、浮立の道具の展示など「米多浮立資料館」としての機能を合わせもつ施設となっています。米多浮立についてはSTEP5の紹介をご覧ください。

10分
STEP_05
老松神社
大字前牟田地区の氏神社、祭神は菅原道真、仁徳天皇、応神天皇。14世紀中頃、姉川氏(菊池一族)が太宰府天満宮の分霊を勧進、創建したと伝えられています。秋祭りに五穀豊穣に感謝して奉納される「米多浮立」は、「天衝舞浮立」と呼ばれる雨ごい浮立が当地に伝えられたもので、江戸時代中頃から伝承されてきた伝統的な民俗芸能として、佐賀県の重要無形民俗文化財に指定されています。現在は2年に1度、10月下旬の土曜、日曜日の2日間に渡って奉納されます。

18分
STEP_06
佐渡神社
下坊所地区の氏神社、祭神は仁徳天皇。14世紀中頃、姉川氏によって建立され、江戸時代初めに領主鍋島生三によって再建されました。この時造られ現存する佐渡宮肥前鳥居は町内で最も古い肥前鳥居として町の重要文化財にしてされています。かつては秋祭りに浮立が奉納され、上坊所にある乙宮神社を下宮としてお神輿がお上り、お下りしていたといわれています。

2分
STEP_07
ふるさと学館
上峰町文化のシンボルであり、郷土資料館、図書館、会議室、工作室などがあります。特に郷土資料館には先人たちが残した歴史的な遺物が数多く展示されています。

3分
STEP_08
乙宮神社
上坊所地区の氏神社、祭神は仁徳天皇。創立は不明。下坊所にある佐渡神社をの下宮です。9月には「どじょう籠り」が行われ、どじょう汁がふるまわれます。

15分
STEP_09
外記溜池
江戸時代後期、18世紀終わりころ、坊所村、米多村、前牟田村、坊所新村、江越村の要望で下津毛村の外記の谷に築かれた溜池です。当時、溜池の底の土地の補償や水利権などについて恩恵を受ける5村と下津毛村が取り交わした約定書が「下津毛区長資料」として現在も残っています。溜池の堤防には桜が植えられ、桜の時期には町内の花見スポットにもなっています。

8分
STEP_10
都紀女加王墓(つきめかおう
ぼ)と古墳公園
ぼ)と古墳公園
「米多の原(目達原)」一帯には、戦前まで前方後円墳7基、円墳4基以上の古墳が点在し、目達原古墳群として広く知られていましたが、第二次大戦中に陸軍飛行場建設に伴いほとんどの古墳が破壊されました。目達原古墳群の古墳は初代の「都紀女加」を祖とする米多国造の一族が残した古墳であると考えられています。初代米多国造の都紀女加は応神天皇のひ孫で、その墳墓とされる都紀女加王墓は佐賀県内唯一の陵墓(皇族の墳墓)として宮内省の管理のもと保存され、破壊された古墳のうち主要な6基の前方後円墳の墳丘を1/7サイズで復元、改葬したのがこの古墳公園です。

41分
STEP_11
二塚山五本谷遺跡
二塚山五本谷遺跡は、二塚山丘陵に広がる遺跡群のひとつです。弥生時代から奈良時代にかけての墓地で、弥生時代の甕棺墓・土壙墓や古墳時代初頭の方形周溝墓、奈良時代の火葬墓などが発掘され、古代の墳墓の変遷を知ることができる貴重な遺跡として、遺跡の一部が工業団地の緑地公園として残され、佐賀県の史跡に指定されています。また弥生時代の甕棺墓などからは鏡や玉などの貴重な副葬品も出土しており、国の重要文化財に指定されています。この緑地公園自体も良いウォーキングスポットとなっています。

22分
STEP_12
鎮西山案内看板
鎮西山は、桜や紅葉など四季折々の自然を楽しむことができます。標高約200mにもかかわらず、頂上からは佐賀平野を中心にあり有明海、雲仙まで一望に見渡すことができます。平安時代末期の武将源為朝が鎮西八郎と称し九州を平定する際、この山頂に白を築いたので「鎮西山」と言い伝えられたようです。鎮西山一帯には、奥の院の滝や五方ケ池など自然に恵まれ、中腹には、アスレチック広場や遊歩道、休憩所などがあります。

22分
STEP_13
慈眼寺(廃寺)
木造聖観音立像
木造聖観音立像
むかしここに天台宗の慈眼寺(じげんじ)という寺があり、聖観音立像はここの本尊です。聖観音は迷を除き、衆生を救われる菩薩とされています。材質は楠材の一木造で等身大となっており、上峰町で一番古い仏像で、町の重要文化財に指定されています。

8分
STEP_14
八藤丘陵の阿蘇4火砕流跡と
埋没林
埋没林
平成5年2月圃場整備の工事中に地下約3mの地中から、長さ22m、幹の直径1.5mの巨大な倒木(マツ科トウヒ属、モニの木の一種)が発見されました。これは、約9万年前の阿蘇4火砕流と呼ばれる北部九州一円を覆い尽くすような大火砕流によりなぎ倒され埋まった当時の森林の跡であると判明しました。この資料の一部はふるさと学館に展示されています。

3分
STEP_15
堤土塁跡
堤土塁跡は地区の地名の起こりともなった土塁です。この土塁が造られた時期は7~8世紀ころと考えられています。造られた目的としては、当時の農業用水を貯える灌漑施設説、大宰府などの防衛施設、または古代の道路ではないかという説があり結論は出ていません。粘土、砂混じりの土、黒い土を交互に積み上げ叩き締めて作られる「版築」という工法で築かれた堤土塁は、古代の土木技術の高さを示す構造物として佐賀県の史跡に指定されています。

14分
STEP_16
船石遺跡
船石遺跡は、舩石地区の丘陵上に広がる町内でも有数の大遺跡で、縄文時代から中世に及ぶ遺構や遺物が発見されています。舩石遺跡のほぼ中央に位置する舟石宮天神社境内には、舩石の地名の起こりとなった「舩石」はじめ「亀石」。「鼻血石」と呼ばれる巨石が残っています。昭和57年に発掘調査が行われ、「舩石」と「亀石」はや用意時代の支石墓、「鼻血石」は古墳の石室の天井石であることがわかりました。そのほかにも弥生時代の甕棺墓100基ほどが確認され、佐賀県の史跡に指定されています。

34分
STEP_17
宇佐八幡宮
下津毛地区の氏神社、祭神じゃ応神天皇。12世紀中頃、源為朝が勧進したとも伝えられています。入り口には明神鳥居が立ち、境内には土俵が設えられ、拝殿には「肥前狛犬」も祀られています。秋には沖神祭(しえーとり祭)、願成就など伝統行事も行われています。願成就では子ども相撲三十三番も奉納されています。

11分
GOAL
上峰町役場