中年男子が佐賀県全20市町をぶらぶら歩く連載の18回目。伊万里市の駒鳴駅から大川野駅まで松浦川沿いを行く。
ルールは
-
-
- 公共交通機関で現地まで移動
- 歩く距離はだいたい5km
- 2021年3月末までに全20市町を散歩する
- 美味しいものをきちんと紹介する
- お酒はほどほどなら大丈夫!
- 基本はぶっつけ本番。面白いものに当たるまで歩くべし
- 旬の風景を探そう
-
唐津駅の1階にある、いかシュウマイのお店でゲソ天をゲット。用心のために缶ビールも仕入れておく。万全の体制でJR筑肥線の伊万里駅行の列車に乗車。車窓からは桜並木が見える。目的地の駒鳴駅に到着。
駒鳴駅を選んだのは一本の映画の舞台になったから。「家族ゲーム」や「メインテーマ」、「間宮兄弟」で知られる森田芳光監督の遺作となった2012年公開の「僕達急行 A列車で行こう」。主演は松山ケンイチと瑛太。鉄道好きという共通項で知り合った男性2人が、趣味を活かして仕事上のハードルを超えていく。しかしそのマニアぶりゆえに女性関係はうまく行かない…。「釣りバカ日誌」と「男はつらいよ」を足して”鉄分”を加えたような映画だ。主演の2人の最近見たことないようなキャラ立ちした演技や、ご都合主義的な展開は、映画全盛期に量産されたプログラムピクチャーへのオマージュと考えれば納得できる。いや、むしろシリーズ化を狙っていたのではないか。主人公がいろんな地方に転勤して、そこを走る鉄道を題材に、いろんな騒動を解決していく、みたいな。残念ながら森田監督の死去により続編は作られることはなかったが。
自らも”鉄オタ”である森田監督が、趣味全開の最初の一本の大事な舞台として、全国の駅の中からどうしてこの駅を選んだのだろうか。
駒鳴駅の裏手には農地が広がっている。劇中では、この土地の持ち主である伊武雅刀とデベロッパー役の松山ケンイチが一緒にランニングする。この土地に食品工場を誘致するためだ。ちなみに、伊武はサッカー好きという設定でスペイン代表9番のユニホームをいつも着ている。背中にはフェルナンド・トーレスの文字。まさかその選手が同じ佐賀県にあるサガン鳥栖に来るとは。あのオジサンが実在したなら、きっと鳥栖スタジアムでトーレスとイニエスタの対決に感涙していたはず。
駒鳴駅の反対側へ行く。たくさんのカメラマンが桜と列車の写真を取りに来ていた。古い井戸と桜の取り合わせが人気のようだ。
さてそろそろ歩きはじめよう。橋のたもとに大きな「架橋記念碑」があった。近くに釉薬瓦の集落が棟を寄せ合っている。
橋の欄干には苺とテナガエビの陶板があった。名産だろうか。苺は分かるけど、テナガエビ押しって面白い。
県道38号を渡り、山裾の道を行く。ここの集落も釉薬瓦。基山編でも少し触れたのが、釉薬瓦は本州に多く、九州北部だと、冬に積雪するに日本海沿岸か山間部に限られる。ここは雪が深いのだろうか。
庭先にあった鬼瓦。こちらはいぶし瓦。きれいに手入れされた家庭菜園のチューリップも花盛りだった。
伊万里といえば梨。この辺りは伊万里梨の産地のようだ。ちょうど白い花が咲いていた。某ラジオショッピングの音が流れる中、作業する人たち。収穫するのは秋に。思った以上の時間と手間がかかっている。果物の中で一番好きなのは梨。時期が来たらほぼ毎日食べる。秋になったら、この白い花を思い浮かべることだろう。
道の途中に解説板。この山麓には戦国時代、日在城という山城があったという。その名残の土塁。このあたりは家臣が住む屋敷があったらしい。
釉薬瓦の家。赤と青。一派的な「いぶし瓦」は含水率が高く水分が染み込みやすい。「いぶし瓦」の中に入った水分は寒さで凍り体積が膨張、瓦が割れるケースがある。そのため、水を弾く目的で瓦の表面に釉薬をかける。
松浦川の土手をのんびり歩く。金八先生のドラマのオープニングを見て、土手を歩いて登校するのに憧れてたなぁ。水面に光が反射してキラキラしている。河原も花盛りだ。
県道28号に合流。道沿いに不思議な植栽空間があった。道路から見たら低木がもっさり繁殖しているように見えるが、中には通路には石のベンチが置いてある。公園なのだろうが、これだけ植栽の密度が高い空間は見たことない。しかも道路の側を結構な長さ続いていく。
県道を下りたところにあった民家。石壁が美しい。印象的なデザインの玄関扉。こういうちょっとしたデザインの自由さは手仕事ならでは。ブロック造の蔵は角は削られていて、柔らかい印象になっている。これもまた手仕事。
集落を歩く。石垣や、一見、教会のように見える農業倉庫など。釉薬瓦の装飾は鳩。これも規格品ではないと思う。装飾にはいろんな願いが込められている。商家なら商売繁盛を願い「打ち出の小槌」や「蝙蝠」。武家や民家では子孫繁栄を祈り「桃」とか。「鳩」にはどんな願いが込められているのか。まず思い浮かぶのは「平和」の象徴。壮大で良い。鳩はいつもつがいで行動するとされていて、子育ても一緒にするという。そういう意味では「夫婦円満」のメッセージかもしれない。
大洪水記念碑。かつて発生した水害を忘れないために作られた。記念碑の地面から2mあたりの位置に線が刻まれている。ここまで浸水したということか。碑文が読み取りにくいが犠牲者らしき人名が残っていた。
正確な年が判別できなかったので、改めて調べたところ、昭和28年の豪雨被害によるものと分かった。前回、玄海編で酒屋さんに聞いた話と同じ水害だ!! こんなに離れた場所で被害を生んでいる。かなり大きな災害だったことが分かる。
通り沿いの民家。欄間や床下の換気口の仕事が美しい。公民館の裏にはリサイクルステーション。きちんと分別されている。桜に誘われて細い路地を行く。小屋の屋根下の地面に水が落ちて模様ができていた。
寄棟になっている煉瓦小屋カッコイイ。農業倉庫という感じではない。変電所のように、機械か何かが置かれていたのでは?
大きな亀の遊具があるから「かめ公園」。桜満開だ。最近こういうコンクリート製がなくなってきた。鹿島で見たタコさんも使用禁止だった。安全性を考えて既製品を選ぶのも理解できる。でも、都会のデザイナーが頭で考えたものよりも、やっぱりこういう名も知らぬ職人さんのクリエイティビティが発揮されたオンリーワンのものが好きだな。
実は結構、斜面が急な亀遊具。なんとか上って、ひとり花見。唐津駅で買ったビールとゲソ天を楽しむ。子ども達が遊んでいる。しばらくしてお母さんが迎えにきた。不審がられそうので、そそくさと撤収。
モンドリアン的構成の建具。鮮やかに咲く紅白の桜。いい味のトタン。
道沿いにあった病院。釉薬を塗ったスクラッチタイルと波ガラス。夕陽を受けてきらめいている。気が利く人ならオシャレ雑貨店にするな。
クラシックな美容院もあった。こちらはオシャレカフェかな。ハーブティーとか出したりして。
先ほど歩いた日在城があった山系。こうして見ると日本昔話に出てきそうな山並みだ。
小さな踏切を渡る。「とまれみよ」の標語が良い。先に進むが行き止まり。戻って車道を進む。
JA敷地内にあった宮本岩見さんの銅像。この地区の農業振興に大きな貢献をしたという。踏切を戻り、大川野駅に到着。
ちょうどのタイミングで列車がやってくる。単線のためホームで待ち合わせ。鏡像のような錯覚を覚える。唐津行きに乗る。7275歩。約5.5kmだった。一日合計は約12km。脚も痛くならず、ちょうど良い散歩だった。
▼取材終了後、筆者と担当Mさんとの会話
担当M「1日2本取材の2本目って薀蓄多めじゃないですか?」
筆者「えっ…」
担当M「ひょっとして取材が薄いとか」
筆者「そんなことないですよ! むしろ薀蓄の書くほうが調べ物大変なんですから」
担当M「走行距離はちょっと短くなりがちですよね」
筆者「むしろ1本目が歩きすぎてしまいがちなんです!せっかく歩いたから原稿にしたいじゃないですか。2本目の方が読み手にとっても良いバランスになっていると思います」
さあいよいよ残り5日。あとは2市町のみ。3月末までに原稿は間に合うのか? 修羅場必死の次回、最終回です